日本のWebが残念な理由

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最近リアルで忙しく、ネットからは遠ざかってます。TwitterもGoogle+もほとんど関わっていません。何せ「つまらない」ので。その「つまらない」理由がもやもやしてたのですが、かなり昔に話題になったこの記事とその反応を読んでいろいろ考えてたら一つ考えが浮かびました。

当時はこの記事に反発してたと思いますが、今だと割と素直に読めました。日本だとニコニコ動画と初音ミクのように、サブカルチャー、大衆文化の発達にはネットは大きな貢献はしてますが、メインカルチャー、ハイカルチャーに対してはほとんど進展がなかったのが一つの理由ですね。将棋に関しては大衆文化でもあり、ハイカルチャーでもありますが。

「ウェブ進化論」ももちろん読んだのですが、この本には違和感がありました。「不特定多数無限大」を信頼するというのは当時も納得できず、今も納得できません。たぶん一生納得できないと思います。

ここからが本題ですが、このようなことをずっと考えたら、ここ数年で自分が「日本のWebが残念」だと感じてきた理由が分かりました。それはこれ。自分は日本しか知らないので他国でも当てはまるかもしれませんが。

日本では「ポジティブ」な言動をすると叩かれる

注意すべきなのは、自分は「ネガティブ」な言動、批判的な考えを否定していません。批判的に考えることは物事を客観的に見る方法としては重要ですし、悪いことをすれば批判されても当然でしょう。

問題なのは、ネガティブでなくてはいけないという空気です。自分はこれがすごく大嫌いです。ネットで何かを褒めると「信者」扱いされ、褒めた記事を書くと「ステマ」扱いされ、仕事が楽しいというと「社畜」扱いされます。本当に問題なのはネガキャンなのに(今すぐ「ステマ」という言葉を捨てるべき理由)、なぜかポジティブな言動ばかり叩かれます。

そう考えると、弾さんが梅田望夫は「残念」なただ一つの理由と書いたのも納得できます。日本人は「人を褒めない」じゃなくて「人を褒めることを恐れている」のかもしれない。

ここで終わりにしようと思ったのですが、ここまで書いてて気づきました。「人を褒めるのを恐れている」のは、「評価が変わるのを恐れている」んじゃないかと。そしてその恐れは「貶したものが良くなった」よりも「褒めたものがダメになった」方が大きいのではないかと。だから、批判するのには意志の力が必要なく、褒めるのには大きな意志の力が必要なのだと。その意志を表明するには今の日本のWebは残念以外の何者でもありません。

意志の力なしに褒められるのは二次元くらいでしょうね。ツインテールが好き!とはいくらでも言えますが( ・ิω・ิ)


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