2015年11月22日日曜日

ビール嫌いでも試す価値があるビール

自分はビールが大嫌いです。大嫌いを通り越して憎いです。なぜこんなものが飲まれてるのか全く理解できません。

普段はこういう言い方はしないのですが、ビールは日本のダメなところが凝縮された飲み物だと言えます。「とりあえずビール」という悪習慣もですが、個人的に許せないのが「ビールの苦みが美味しい」という価値観です。これははっきり言って大嘘です。「苦みが美味しい」という価値観は、「仕事はつらいからよい」というくらい意味不明です。

ネットを検索しても、「苦みが美味しい」という根拠は全くありません。「抗ストレス作用がある」と言われても、別にストレスを溜めたいとは思いません。苦さは慣れると言われますが、それは単に舌が麻痺してるだけです。

世の中で「苦味"が"美味しい」という珍妙な言説がまかり通っているのはビールだけです。たとえば、コーヒーで重要なのは味や香りです。ブラックコーヒーを好む人が多いのは、ブラックの方が味や香りを楽しめるからです。自分も良いコーヒーはブラックで飲むこともあります。

ゴーヤーも苦味が特徴の食べ物ですが、苦味を和らげる方法が広く知られています。また、代表的な料理であるゴーヤーチャンプルーは、様々な食材を混ぜることによって、"苦味を含む美味しさ"を創り出しています。

また、自然のものには、苦味と旨味を両方含むたべもの食べ物が多くあります。苦いからと避けていると、美味しいものに出会う機会を逃します。だから、「苦味は大人の味」というのは大嘘で、「"苦味を含む美味しさ"が分かるのが大人」です。

仕事も同じです。仕事はつらいこともありますが、楽しいこともあるし、達成感もあります。つらいことを全て避けてたらその楽しさにも出会えませんが、つらいことばかりだと続きません。要はバランスです。

しかし、ビール好きはなぜか、苦いからビールが嫌いという人に、なぜか苦味が美味しいという価値観をごり押しします。当然そんな考えは理解できません。だからビール離れをするのは当たり前です。

世の中には「ビールが苦手な人でも飲める」と言われてるものもあります。しかし、これも論外です。なぜなら、これらのほとんどは苦味が少ないだけです。そんなもの好んで飲みたいとは思いません。

なぜここまでねちねちねちねちビールの悪口を書いているのかというと、世の中で売られているビール類を一通り飲んだからです。そしてどれも「飲めたものじゃない」という結論に至りました。実際、ほとんどのビールは100ml飲めたら良い方で、途中で捨てました。

ただ、いろいろ飲んだ中で、これだけは続けて飲んでもいいなぁと思ったのが2つありました。それが「ホワイトベルグ」と「銀河高原ビール」です。

最初ホワイトベルグを飲んでみたときの感想は「ビールとは全く別物」でした。しかも、苦さがない以上に、コリアンダーの風味という別の良さを持ってきています。苦味が少ないだけなら飲む価値はありませんが、この風味ならアリです。

このホワイトベルグがきっかけでビールの飲み比べをしたのですが、その中でびっくりしたのが、もう一つの「銀河高原ビール」です。何がびっくりしたかというと、味はもちろんですが、麦芽、ホップ、水だけで作られていることです。ビールと同じ原料で全く違うものが作れるのかとびっくりしました。

後で調べてみたのですが、これはどちらも「白ビール」と呼ばれるものでした。ホワイトベルグはベルジャンスタイルホワイト系(厳密には違うらしい?)、銀河高原ビールはヴァイツェンと呼ばれる種類です。小麦を多く使っているのが特長です。

ただ、白ビールが全て当たりではなく、続けて買って飲んでもいいかなと思ったのがこの2種類だけでした。白ビールでも自分には苦味の方が強く、好みでないものがありました。だから、「試す価値はある」とやや控えめな表現です。

ビールをいろいろ飲み比べて分かったのは、「世の中にビールの種類はたくさんある」という当たり前の事実です。日本で広く売られているビールは、ピルスナーというごく一部にすぎません。その狭い世界の中で味の議論をするなんてマヌケ以外の何ものでもありません。日本のビールはあまりに貧困でした。

しかしようやく、貧困だった日本のビールもまともになってきました。エールタイプのビールも普通に見かけるようになり、地ビールも珍しいものではなくなってきました。特に地ビールはヴァイツェンが多いようで、旅行での楽しみが増えました( ´ω`)

2015年11月12日木曜日

東京が日本で一番貧しい理由

最近自転車で通勤なり、ぶらぶらしてて気づくことが2つあります。1つは、松山は案外中心部でも農地が多いことです。専業農家を営めるほど大きくはありませんが、趣味でやるほど小さくもない農地がちらほらあります。2つ目は、松山はものすごく車が多いことです。通勤時や日曜夕方になると、各地で渋滞を引き起こします。

なぜこの2つが気になるのかというと、松山市はコンパクトシティとして知られているからです。コンパクトシティだから土地は少なそうにもかかわらず農地があり、コンパクトシティだから自転車で通勤できるにもかかわらず、車に頼っている。それが自分の中で違和感として出てきています。

車を観察すると、さらに1つのことが見えてきます。それは、「ほとんどの車は1人しか乗っていない」という事実です。1人しか乗ってない車が渋滞を引き起こすのはまさに「ムダ」です。もっと自転車使えばいいのになぁと思います。

こうして考えると、世の中の多くはムダだらけです。例えば、自動販売機が緊急時に住所を知る方法として使われていますが、少なくとも、需要がほとんどない場所に何台もあるのはムダに見えます。

最近気になっているのは、「地価」というムダです。地価は高い方がいいと言われていますが、そんなはずはありません。なぜなら、土地自体は何ももたらさないからです。直感だけでいうと、1部屋当たり30万、1m^2あたり2万円くらいが適正価格かなと思います。

商業地で地価が上がるのはあくまで"しょうがない"で、安いに越したことはありません。50台のバブルが忘れられないくたびれたおっさんならともかく、バブルを知らない若い人で同じ考え方をしているのは完全にマヌケです。

なぜ地価が気になるのかというと、家庭菜園レベルでいいので、農業ができないかなぁと思ってるからです。貸し農園ならありますが、場所が遠いんですよね。あとそもそも、農地を買うのは面倒らしいです。この悩みを土地が余っている地域の人からみたら、マヌケに見えると思います。

ただ、これはあくまでトレードオフの関係です。松山はコンパクトで普段住むには困らないというメリットがあり、田舎だと住むためのコストが小さいですが、その分不便さがあります。逆にもっと大きい都市だと便利ですが、コストはさらにかかります。

しかし、松山より大きい都市に対して、ここに住みたいなぁと思うことはほとんどありません。モノだけならネットで買うか、ちょっと待てば地元でも買えるものがほとんどです。気になるイベントはありますが、毎週のイベントの代わりに毎日地獄のような満員電車に乗りたいか?と言われたら明らかにノーです。

一般には人口が少ないほど不便さは多いがコストが小さく、大都市になるほど便利ですがコストが高いです。この法則は今でも変わりません。この関係を図で表すと以下のようになります。

しかし、これはあくまで20年前、30年前のイメージです。20年前、30年前と比較すると、「便利さ」と「コスト」の関係が逆転しています。

30年前は明らかに地方に住むのは不利でした。例えば、自分は将棋がそこそこ強かったのですが、周りに将棋を指せる人がほとんどいなくて、プロを目指す方法も全く分かりませんでした。

でも今はネットで対戦できて、ちょっと検索すれば奨励会の入り方も分かります。もちろん今でも奨励会に通うには東京か大阪に行く必要があるので地方は不利ですが、昔の「道が閉ざされている」状況と比べると格段の差です。

モノを買うのもネットのおかげでだいぶ楽になりました。そもそも昔は世の中にそもそもどんなモノがあるのかすら知りようがありませんでした。また逆に、モノを持つことが豊かさではないという価値観の変化も現れています。

一方で、大都市のデメリットは以前とほとんど変わっていません。混雑率は30年前と比べると下がっていますが、相変わらず東京圏は通勤地獄です。大阪圏は御堂筋線が混雑するくらいで、他はそうでもないですが。

なので、現在のイメージはこちらになります。ちなみに、この図はあえて空気の綺麗さとか、自然の豊かさといった、「田舎の豊かさ」という概念を省いて、あくまでこれまでのモノ中心の価値観で考えています。それでもこれくらいの差が現れています。


人が増えているにもかかわらず、有効な資源はさほど増えていない、つまりは少ない資源を奪い合っているのが今の東京です。それは貧しい以外の何物でもありません。東京で起きている問題を見ると、自分には理解できないことが多く、「貧しいからこんなことをするのだな」といつも思います。

2015年11月8日日曜日

絶対迷わない初心者向け日本酒の選び方

以前は日本酒はほとんど飲まなかったのですが、最近日本酒もアリかなぁと思っていろいろ飲んでます。まだ全然分からないし、飲み続けるかどうかも分からないのですが、こんな感じのがいいなぁというのは見えてきました( ´ω`)

ネットには初心者向けの記事がいろいろあるのですが、どれ見ても全く初心者向けではありません。純米酒、吟醸酒、本醸造酒とかいろいろあって、「純米酒=米だけで作られている」とか知識としては良いですが、全くの初心者からすると、そんなこと言われてもどれ飲めばいいか分からんというのが本音です。

そもそも、ネットの記事のほとんどが初心者のためではなく、アフィリエイトのために書いた記事です。自分の好きな日本酒をお勧めしたいのなら、1つか2つリンク貼れば十分で、5つも日本酒を並べている時点で、アフィリエイト目的なのが明白です。

一方で、居酒屋で3種類飲み比べもやったことあるのですが、その時は美味しく飲めても、何を飲んだのか、どれが良いのか全く覚えてませんでした(ノ∀`)

というわけでこんな記事を書いていますが、誰にでも勧められる記事ではありません。対象となるのは以下のような人です。
  • ある程度自由にできるお金がある(社会人1年目程度)
  • 美味しければ味にこだわりがない
  • 近くにある程度酒を売ってる店がある
逆に言えば、お金がない学生、最初から好みが分かってる人、近くに店がない人は除きます。それ以外の人で、日本酒に興味があるけど、買い方が分からない人は、次のようにして買ってください。
  1. 近くのスーパーに行く
  2. 日本酒コーナーで「純米吟醸」と書かれた300mlのものを探す
  3. その中から、どれでもいいので買う
理由を説明します。なぜこれで迷わないのかというと、「純米吟醸で300ml」のものは、1つのスーパーに1つか2つしかないからです。そもそも1つか2つしかないので迷いようがありません。それでも決まらないなら数え歌でも歌ってください( ´ω`)

スーパーで買う理由は、入手しやすいからです。スーパーで300mlで買えるお酒は、ほとんどが地元(県内産)のお酒で、気に入ったら720ml、1.8Lも簡単に買えるものばかりです。

あくまでとっかかりですが、それでもスーパーで買うのが不安な人は、専門店にどうぞ。選択肢は増えても、選び方は同じです。コンビニにも置いてあることが多いです。ただ、激安スーパーやドラッグストアにはまず置いてません。ネットで買うのは面倒なので、とっかかりにはお勧めしません。

「純米吟醸」を選ぶ理由は、"日本酒らしさ"が分かりやすいからです。どんなお酒でも、まずはその人によって好みがありますが、日本酒は米のお酒なので、米の美味しさが出てる方がとっかかりにいいと思います。

「純米大吟醸」でないのは、値段が高い上に、そもそも300mlで売ってないからです。もし売ってて、買うのに躊躇しない値段なら、選択肢の1つに入れていいと思います。

最後に、純米吟醸は高めですが、それでも300mlなら、500〜600円台で買えます。社会人の金銭事情なら、失敗しても"勉強代"で済まされる金額です。あと、このクラスになると、少なくともマズいということはありません。

その選んだ1本が合うにしろ合わないにしろ、それが一つの基準です。同じ純米吟醸で他の銘柄を飲めば、味の好みが分かり、純米酒を飲むことで、吟醸造りの特徴が分かります。たったそれくらいですが、最初の一歩も踏み出せない人にとってのとっかかりとしては十分だと思います。

日本酒を飲み始めて思ったのが、「ハズレが少ない」ということです。ビールはまともに飲めるものが片手に満たないほどで、ワインは嫌いじゃないけど、好き嫌いが激しいのと比べると、日本酒はハズレがないなぁと思います。その代わり口当たりや後味で好みがはっきり出ますが( ´ω`)

最近はスパークリング日本酒が流行ったり、一部の日本酒が大人気で手に入らない現象も起きているようですが、そもそも日本酒は美味しいもので、大して高いものでもありません。日本酒が過小評価されているのは実にもったいないと思います。

「冷たい東京人=地方出身者」というのは本当か

東京人は冷たいとよく言われますが、その反論として、冷たい東京人は地方出身者とよく言われます。

これは、「事実」としては正しいと思います。東京でも、昔から住んでる人には優しいイメージがあります。ただ逆に、どこの地方でも地元の人は基本的には優しいです。だから、「冷たい東京人は地方出身者」という表現は間違ってはいませんが、正確ではありません。

では、自分はどう考えているかを書きます。

冷たい東京人="地元を捨てた" 地方出身者

"あなた"は幸せですか?で書いた通り、東京にいることによって不幸になっているにもかかわらず、それでも東京にしがみついている人が多くいます。一方で、自分は親に「実家に帰ってこい」と言われたら帰って、そのまま松山で再就職して、そのまま6年以上経っています。

なぜこれができるのかというと、自分は地元を捨てなかったからです。親との関係も良好で、大学は大阪に、就職は首都圏に行ったのも単に「面白そうだったから」で、Uターンすることに戸惑いはなかったからです。

一方で、「冷たい東京人」は、地元を捨てて東京に来ています。地元を捨てたから、地元には戻れないし、地元に対して辛辣に当たります。何かを捨てることに躊躇がないから、人を簡単に使い捨てします。こうして、「冷たい東京人」が出来上がります。

これは東京特有の現象です。なぜかというと、他の場所では、地元の人と、他からやってきた人が分かれていないからです。「よそ者に冷たい」というのは、単に「よその論理」をそのまま強引に持ち込もうとするのが嫌われているだけです。特に東京人は自分達の論理が正しい、上だと勘違いしています。だから嫌われます。

そもそも、地元を捨てる必要なんてありません。家庭の事情で親と合わなかったりすることもあったり、相手から捨てられてしかたなく地元を出るケースもありますが、わざわざ捨てる必要はありません。ちょっと遊びに行ってくるかくらいで十分です。

何かを捨てる人は、必然的に捨てられる側に回ります。ネット民はよく「老人を見捨てて若者に金を回せ」と言いますが、間違いなくその人たちは、30年後には捨てられる側になるだけです。それでいいのでしょうか。