2015年11月12日木曜日

東京が日本で一番貧しい理由

最近自転車で通勤なり、ぶらぶらしてて気づくことが2つあります。1つは、松山は案外中心部でも農地が多いことです。専業農家を営めるほど大きくはありませんが、趣味でやるほど小さくもない農地がちらほらあります。2つ目は、松山はものすごく車が多いことです。通勤時や日曜夕方になると、各地で渋滞を引き起こします。

なぜこの2つが気になるのかというと、松山市はコンパクトシティとして知られているからです。コンパクトシティだから土地は少なそうにもかかわらず農地があり、コンパクトシティだから自転車で通勤できるにもかかわらず、車に頼っている。それが自分の中で違和感として出てきています。

車を観察すると、さらに1つのことが見えてきます。それは、「ほとんどの車は1人しか乗っていない」という事実です。1人しか乗ってない車が渋滞を引き起こすのはまさに「ムダ」です。もっと自転車使えばいいのになぁと思います。

こうして考えると、世の中の多くはムダだらけです。例えば、自動販売機が緊急時に住所を知る方法として使われていますが、少なくとも、需要がほとんどない場所に何台もあるのはムダに見えます。

最近気になっているのは、「地価」というムダです。地価は高い方がいいと言われていますが、そんなはずはありません。なぜなら、土地自体は何ももたらさないからです。直感だけでいうと、1部屋当たり30万、1m^2あたり2万円くらいが適正価格かなと思います。

商業地で地価が上がるのはあくまで"しょうがない"で、安いに越したことはありません。50台のバブルが忘れられないくたびれたおっさんならともかく、バブルを知らない若い人で同じ考え方をしているのは完全にマヌケです。

なぜ地価が気になるのかというと、家庭菜園レベルでいいので、農業ができないかなぁと思ってるからです。貸し農園ならありますが、場所が遠いんですよね。あとそもそも、農地を買うのは面倒らしいです。この悩みを土地が余っている地域の人からみたら、マヌケに見えると思います。

ただ、これはあくまでトレードオフの関係です。松山はコンパクトで普段住むには困らないというメリットがあり、田舎だと住むためのコストが小さいですが、その分不便さがあります。逆にもっと大きい都市だと便利ですが、コストはさらにかかります。

しかし、松山より大きい都市に対して、ここに住みたいなぁと思うことはほとんどありません。モノだけならネットで買うか、ちょっと待てば地元でも買えるものがほとんどです。気になるイベントはありますが、毎週のイベントの代わりに毎日地獄のような満員電車に乗りたいか?と言われたら明らかにノーです。

一般には人口が少ないほど不便さは多いがコストが小さく、大都市になるほど便利ですがコストが高いです。この法則は今でも変わりません。この関係を図で表すと以下のようになります。

しかし、これはあくまで20年前、30年前のイメージです。20年前、30年前と比較すると、「便利さ」と「コスト」の関係が逆転しています。

30年前は明らかに地方に住むのは不利でした。例えば、自分は将棋がそこそこ強かったのですが、周りに将棋を指せる人がほとんどいなくて、プロを目指す方法も全く分かりませんでした。

でも今はネットで対戦できて、ちょっと検索すれば奨励会の入り方も分かります。もちろん今でも奨励会に通うには東京か大阪に行く必要があるので地方は不利ですが、昔の「道が閉ざされている」状況と比べると格段の差です。

モノを買うのもネットのおかげでだいぶ楽になりました。そもそも昔は世の中にそもそもどんなモノがあるのかすら知りようがありませんでした。また逆に、モノを持つことが豊かさではないという価値観の変化も現れています。

一方で、大都市のデメリットは以前とほとんど変わっていません。混雑率は30年前と比べると下がっていますが、相変わらず東京圏は通勤地獄です。大阪圏は御堂筋線が混雑するくらいで、他はそうでもないですが。

なので、現在のイメージはこちらになります。ちなみに、この図はあえて空気の綺麗さとか、自然の豊かさといった、「田舎の豊かさ」という概念を省いて、あくまでこれまでのモノ中心の価値観で考えています。それでもこれくらいの差が現れています。


人が増えているにもかかわらず、有効な資源はさほど増えていない、つまりは少ない資源を奪い合っているのが今の東京です。それは貧しい以外の何物でもありません。東京で起きている問題を見ると、自分には理解できないことが多く、「貧しいからこんなことをするのだな」といつも思います。