2015年4月14日火曜日

山手線新駅は「金の無駄遣い」

結構前の話ですが、山手線に新駅ができるようです。この話を聞いたときに、自分が思ったのは、「"また"、金の無駄遣いか」です。国の金の無駄遣いには敏感な人々も、民間の金の無駄遣いには鈍感です。

理由は、他の人が考えていることと同じです。「新駅が遅れた分遅れる」と。正しくない計算ですが、1日100万人が1分ずつ遅れるとして、時給2000円として、1年で122億円の損失です。「それ以上に経済効果がある」という人もいるでしょう。しかし、"数字"は増えても、人々を豊かにする要素はどこにもありません。

こんな無駄金を使うくらいなら、もっと良い使い方はいくらでもあります。

例えば、1年ほど前に、ネットのベビーシッター仲介サイトを使って預けてた子供が殺された、痛ましい事件がありました。この事件を知ったときに、自分はものすごく違和感がありました。なぜなら、生活費を稼ぐために子供を預けるというのが "ありえない" からです。

どうしても仕事を続けたい人までは否定しませんが(そういう人は金も稼いでいるだろうから、高いお金を払えばよい)、シングルマザーで子育てをしている人には、子育てという "仕事" にお金を払えばいいでしょう。それができないのなら、社会の方が間違いなくおかしいです。

民間の金の無駄遣いを放置するくらいなら、税金でその金を他の人に配った方がまだいいです。自分はフランスという国ほど胡散臭い国はないと思っていますが、「日本とフランス 二つの民主主義」に書かれているような、「高福祉」「不自由」「高負担」は、一つの形であると思っています。(ただし、行政が直接支出するのには否定的ですが)

他にも、例えば在宅勤務を推進するだけでも、通勤ラッシュは緩和され、社会全体の豊かさは向上します。Googleですら都心にあるというのは異常です。地方に分散とまでは言いませんが、都心で仕事をしないだけでも、だいぶマシになります。日本IBMも、大和事業所にいたころは、窮屈さを感じませんでした。

「東京にシリコンバレー」と言ってる人もいますが、あまりにバカすぎて呆れます。シリコンバレーは田舎にあるのんびりさこそが重要であり、刺すか刺されるか、そんな雰囲気の東京とは正反対です。

以前「地方の一出版社にネット企業が惨敗した件」で書いた通り、トーキョー人やネット企業、自称ベンチャー企業は、"数字"を増やすことは得意ですが、何が本当に望まれているものか、何が人々を豊かにすることには全く脳を使っていません。だから、"また"、金の無駄遣いを続けます。