2015年2月22日日曜日

「30年後に残っていない職業」とは何か

つい先日、ほぼ日の「アウェイの場所に行ってみる?」という連載を読みました。この連載は全体的には面白いのですが、以下の表現が引っかかりました。
30年後に、いまある職業が
どれだけ残ってるかというと、
大半が疑わしいらしいです。
たしかに、そういう流れを感じます。
昔なかった職業も、今いっぱいある。
だから、あたらしい視点というのは
いつの時代も、とても大事なんだと思います。
「昔なかった職業も、今いっぱいある」のは間違いありません。プログラマーも30年前はようやく職業として認知されてきた頃です。そして、今後30年後も同様に、新しい職業が生まれ、それが主流を占める可能性は十分にあります。

自分はここ数十年で変わった最も大きい変化の一つが、「親の後を継ぐという考え方」が珍しいものとなったことだと思います。結果的に跡を継ぐことになる人も多いですが、それは自分の意志で「跡を継ぎたい」と思ったからで、狂言師・野村萬斎さんのような生まれたときから跡を継ぐことを定められている人はごくごく少数です。

しかし、「 ××年になくなる職業」というのはよく言われますが、自分はこれを嘘っぱちだと確信しています。「新しい職業が生まれる」のと、「これまでの職業がなくなる」というのは似てるようで全く異なります

自分が好きな番組に、先ほどリンクした「プロフェッショナル 仕事の流儀」があります。この番組の面白いところは、実に多様な職業の人が出てくることです。そしてその中には、まさにその「なくなる」と言われた職業もあります。最近だとかけつぎ職人・松本孝夫さんがそうです。

かけつぎ職人はもうほとんどいませんが、少なくとも「なくなっていない」のは事実です。そして、「この人たち」の仕事がなくなるとも思えません。逆に、「ただなんとなく」で仕事をしていたのなら、生き残れなかったのは間違いありません。

たぶん30年後も同じです。新しい産業が生まれ、新しい職業が生まれ、主流がそちらに移っていきますが、なくなる職業はほとんどありません。まだ仕事をしていない若い人はともかく、30代、40代の人は、そんなことを気にするよりも、「自分が」コンピュータや他の人に替えられない仕事をしているかを気にした方がいいです。

しかしただ一つだけ、全く価値をもたらしていなく、30年後に残っていないだろうという職業があります。それはこれです。

評論家

「30年後になくなる職業」のような言説で明らかなのは、この人たちが「何もわかってない」ということです。そしてその理由は、この人たちが「仕事というものを軽く見ている」からです。

もちろん、機械化によって厳しくなる職業もあります。機械化はされなくても、新興国によって厳しい状況に追い込まれる産業もあります。もちろん、「ただなんとなく」で仕事をしているなら、産業が安泰でも「その人」の立場は危うくなる可能性があります。

例えばマイルドヤンキー限界論がそうです。「もしかするとマイルドヤンキー論の流行は、いよいよマイルドヤンキー的なライフスタイルが限界に近づいていることの現れなのかもしれない。」と書いていますが、自分からするとこう言いたくなります。

おめーらこそが限界なのに気づけ!

評論家が存在できるのは、その知識を生かして、人々の役に立っているからです。しかし、世の中の評論家のほとんどは、人々の役に立たず、全く見当違いの言説を繰り返し、人々を「先導」ではなく「扇動」するだけです。存在意義は皆無です。そしてそれ以上に論外なのは、「自分たちだけは安泰だ」と思い込んでいるところです。

そのような人たちが生き残っている理由はただ一つ、「コネ」です。ネットで「新しいメディア」が出ると、いつも同じようなメンバーばかり揃っています。それは、ネットメディアが非常に狭いコミュニティだからです。すなわち「タコツボ化」しているからです。つまらなくて当然です。