2014年9月29日月曜日

電車に乗ると心が荒む

先日、出張で東京に行ってきました。東京に行くのは4年ぶりでしたが、わずか1泊にも関わらず、憂鬱になりました。東京はせいぜい旅行で行くところで、人が住むところや働くところじゃないと改めて思いました。

しかし、以前は「満員電車」「長時間通勤」が大嫌いでしたが、今回は満員電車でもなく、長時間通勤でもなかった(飛行機は除いて)にも関わらず、憂鬱になったため、その理由をあらためて考えてみました。

その考えた結果が以下の図です。移動時に「見えるもの」を分類し、それに対して「できること」を追加しました。図で「人」とあるのは、「人を見て観察すること」を表しています。


今回感じたのは、「地上を走る電車」と「地下鉄」の違いです。地上を走る電車は景色を見て楽しむことができます。しかし、地下鉄は景色がなく、人に見せることを目的とする有害な広告ばかりです。視線をどこに移しても有害なものしかありません。

乗り換えも短いので集中してゲームもできないとなると、スマートフォンに逃げるくらいしかありませんが、スマートフォンで有害なものを避ける方が難しいです。特にネットは有害情報だらけなので、見れば見るほど心が荒みます。

そして、そのようなただうつむいてスマートフォンを見ている人を見ても自分の心が荒むだけです。だから「人」の評価は地下鉄が最低になっています。

自分は普段は自転車通勤なので、不快な情報を目にすることはほとんどありません。せいぜいauショップののぼり旗くらいです。ネットさえ見なければストレスの95%はなくなります。

ふだんそのような環境にいる自分が有害な情報まみれの東京の地下鉄に乗れば、憂鬱になって当然です。自分は1日だけなので憂鬱になるだけで済みましたが、この地下鉄に毎日1時間も乗るなんて、牢獄にいるようなものです。

生気が感じられない東京の地下鉄に比べると、大阪の地下鉄は雑談をする人が多いのでホッとします。さすがに「阪急電車」のようなドラマティックな話はありませんが( ・ิω・ิ)

2014年9月3日水曜日

「安定した雇用」はもう難しい?

この発言がふと気になりました。
自分もこれが理想だと思ってます。ただ、それは難しいと思います。でもそれで終わりじゃなくて、その先どうしたらいいやろというのもある程度考えています。

まずこれが「理想」なのかというと、以前「年収300万円で住宅ローン」という広告がネット民にバカにされてましたが、あれは別に不可能ではありません。ただし、年収300万円が「ローン終わるまで一生続くなら」という前提です。逆に言えば、自営業は高収入でもローンが組みにくいです。収入が減らなくても、昔より収入の幅が大きくなっているのが現代です。

その理由は言うまでもないですが、終身雇用がもう保証できないからです。それは、昔に比べてチャンスが増えたことと表裏一体です。いくら会社が保証していても、会社が潰れれば終わり。公務員でも安泰ではありません。

そして、いくら福祉を充実させても、それはあくまで「生活保障」であって、「収入保障」ではありません。民間の保険もありますが、正社員のみなど加入条件が厳しいです。

そう書くと「金持ちから金を取ればいい」という人が表れますが、こういう人は間違いなく、金持ちになると保身に走ります。「今は何も出来ないけど、将来成功したら社会に還元したい」と考える人はごくわずかです。ネット民は何も出したくないが、高福祉を求める人ばかりです。(自分はどちらかと言えば高負担・高福祉派ですよ)

となると、社会保障は充実させるとしても、今の仕事がなくなることを前提として働く必要があります。つまり、新しい仕事を探す必要があります。

そう書くと「都会に出ればいい」という人がいます。50年前ならそれでもいいですが、今の日本の大都市は人が多すぎて逆に非効率です。少なくとも、通勤時間は完全な無駄です。せめて「普段はリモート、必要なときだけ都会に出る」という形ならまだいいのですが、都会の人は都会だけで仕事を占有したがります。シリコンバレーみたいに、特定の業種だけ人を集める方法もありますが、これを人為的に実現するのは非常に難しいです。

最近自分が考えているのは、もし何かあった場合、地元で別の仕事をすることです。地方には職が少ないですが、仕事はたくさんあります。なぜなら、地方も都会も非効率ですが、地方の非効率さは「やるべきことをやっていない」からで、都会の非効率さは「やらなくていいことをやっている」からです。

どっちが解決が楽かと考えたら、明らかに前者で、そして、そのために必要なのは都会の「知識」です。一方で後者は非常に面倒です。もっとも、仕事はあっても、それを収入に結びつけるのは難しい感じですが。

自分は以前はプログラム書けない仕事は嫌だと思ってましたが、もう今は別にこだわりはありません。ただプログラムを書くことは他の人より得意だから続けてもいいかなーという感じです( ・ิω・ิ)

ただ、これはあくまで「自分」の話で、他の人がどうすればいいのかの解にはなってないんですよね。たぶん一人一人考えないといけないのかなと。