2014年5月30日金曜日

そもそも「成果主義」って何?

世の中に、「成果主義」ほど誤解されているものはないと思います。賛同派も批判派も誤解しているため、そもそも議論が成り立っていません。

自分も日本IBMで味わったのですが、「間違った成果主義」ほど会社をダメにするものはありません。社員のモチベーションは下がり、会社の業績も落ちます。一方で、ダラダラ残業して残業代を稼ぐというのも嫌です。

そんなわけでずっとモヤモヤしてたのですが、数年前にこの問題について調べて、そもそも日本で議論されている「成果主義」の定義が変だと気づきました。それは、ドラッカーが述べる「成果」の定義が一般に言われていることと異なるからです。「明日を支配するもの」のp23には次のような記述があります。
すでに50年も前から、金銭だけで動機づけすることはできないことが明らかになっている。報酬に不満があれば、やる気は失われる。だが報酬への満足は、40年前にフレデリック・ハーツバーグが、その著書『仕事の動機づけ』(1959)において名づけたように、衛生的要因の充足にすぎない。 
このように、報酬の効果は限定的で、日本で行われている「金銭で報いる成果主義」を否定しています。 では、ドラッカーは「成果」をどのように定義しているのでしょうか?それはこの後の文章に表れています。
したがって、とくにこれからは、人をマネジメントすることは、仕事をマーケティングすることを意味するようになる。マーケティングの出発点は、組織が何を望むかではない。相手が何を望むか、相手にとっての価値は何か、目的は何か、成果は何かである。つまり、適用すべきはX理論でもY理論でもなく、いかなる管理論でもないということである。
このように、「顧客が望むもの」を成果と定義しています。決して業績なんかではありません。業績は「組織が望むもの」であって、「顧客が望むもの」ではありません。ドラッカーは口が酸っぱくなるほど、顧客のことを第一に取り上げます。「組織の中にプロフィットセンターはない」 という発言も何度も出て来ます。

ではなぜこのようなことを言ってるのでしょうか。それは、多くの人が、組織の中で成果に結び付くことのない仕事に忙殺されているからなんですね。賽の河原の積み石のような作業が企業の中にはたくさんあります。それを止めるために、「それは顧客のためになっているか」を考えるのが「成果主義」です。

ただ注意しておかないといけないのは、「顧客のためになっているか」を狭く捉えてはいけないということです。福利厚生や日常的な雑談といったものは短期的は顧客のためにはなっていません。しかし、それらを排除してしまうと、社内がギスギスして、長期的には顧客のためにはなりません。ほぼ日での上田惇生さんとの対談でもそのようなことが語られてます。

逆に、複雑怪奇な社内プロセスほど、顧客のためにはならず、組織のモチベーションを下げるものはありません。これらは真っ先に排除、あるいは縮小すべきでしょう。社内プロセス地獄だった日本IBMが沈没したのも当然でしょうね。